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ヨーロッパ地域 教員一覧

中野 幸男(ナカノ ユキオ)

英語表記Yukio NAKANO
職名助教
主な担当科目ヨーロッパ地域文化特論4(ヨーロッパの周縁と言語・文化)、
ロシア語関連科目
所属コース名ヨーロッパコース
研究者情報研究者データベース「研究者情報」(オリジナルサイト)
中野幸男

学生へのメッセージ

(2017年度用の文章です)
 なんでロシア語を学んだんですかとも聞かれませんし、なんでロシア文学を学んだんですかともあんまり聞かれません。

 時代の流れで英語を使うようになったり、ロシア文学に一意専心して打ち込む時間があまりないからかもしれません。比較文学も各国文学も本屋のカテゴリー的にも廃れている気がします。文学より文化論、ネット時代以前の辞書は古本扱いだし、実体論的に何かを捉えるというよりは関係論的に物事を捉えることの方が多い気がします。昔、憧れていた比較文学の先生から「専門の核がないと比較やっても無駄だよ」という話を聞いたことがあります。ロシア文学から古典文学、ギリシア・ラテンと酒と江戸に進み、早稲田の学部に七年いて「仙人」と呼ばれた人の口からでた言葉だからかもしれません。

 それでも私の看板はロシア文学です。

 ドストエフスキーを高校時代に好きだったからですというのが公式の回答で、受験の頃は澁澤龍彦や大江健三郎が好きな東大仏文系の作家志望の高校生だったのですが、同じ頃に諏訪内晶子がチャイコフスキー・コンクールで優勝して、CMでも姿勢正しくバイオリンケースを持って歩く姿とか、自伝のストイックさとかが好きだった気もします。今考えると海外で初めて丸山眞男を知ったとかいうのもどうかと思いますけど、当時は男子校でアナウンスで事務の女性が話すたびに「女の声がする」て誰か叫ぶくらいでしたから、黒髪のお嬢さんタイプのヴァイオリニストに日本全国と同じく惹かれていたのかもしれません。彼女の演奏するチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を何度も聞いてました。ロシアの方がいいな、と思ったのはそこらへんからかもしれません。

 浪人して人生の方向転換を余儀なくされて、慶応文学部でダジャレの好きな荻野アンナの元で中世フランス文学を学ぼうかとか、早稲田一文に行ってマスコミでも行こうかとか考えていましたが、どうせなら浪人したし学費の安い国立がいいかと安易に国立に進学して、一年生の頃はクラスの後ろでふて寝してる中二感丸出しの学生でした。その後、幸か不幸か受験期の疲労がたたって入院してほとんど学校にも行かず、なんとか学期末に間に合って、単位は取得。その後の指導教官の沼野充義とか意識していたのか二年生頃からポーランド語、ブルガリア語、スロヴェニア語、チェコ語を学び、何にも身につかず、ブルガリアだけがサマーセミナーでソフィアとバンキャに行きました。

 その後も私生活でも散々人生の方向転換があって、いろんなことを余儀なくされて、もうどうでもいいや、ていう時にロシア的いい加減さには救われた気がします。通行証がないのに、何も言わずに通してくれた、とかです。警察のお世話になったり、救急車のお世話になったり、留学したりした後で、同志社に採用されました。「ピアノで食べていくのはピアノを食べるくらい難しい」という格言がありますけど、ロシア語で食べていくのは楽ではないと思います。あんまり周りを見ていても大金持ちで大成功という人はいません。

 サンボや戦車などのサブカル関連やおそロシアとかニコ動で出てくる謎の新技術、『ユーリ!!! on ICE』とかアイマスとかいろんな作品でロシア人とかロシア語が出るたびに採集しています。学生の皆さんも知っているものを色々教えてください。ペテルブルグのマンガ図書館の職員の子とかロシアのマンガ家の女の子と話していた時にも、同じものを見ているので話が通じて、さっと金木研を描いてくれるのが楽しかったです。

 ロシア語を話せると、ロシア語話者と仲良くなりやすい、というのはあります。本当に面白い部分は授業では教えられませんが、文法の外は自分でどんどん発見して行ってください。

プロフィール(経歴、趣味、等)

 1977年福岡県福岡市生まれ。浪人したために駿台予備校を経て、東京外国語大学ロシア語科に入学。同大学卒業後は同大院で仮面浪人。主に神保町でイタリア書房という書店の店員をしていた。東京大学大学院に入学。憧れの東大でも最低限の授業に出ただけで、日本橋の丸善という書店でバイト三昧。博士課程進学後は運よく文部科学省長期留学生派遣制度を貰いモスクワ大学に3年間留学。初めて研究者らしい生活をするようになる。帰国後は思ったほど反響も職もなく派遣社員として働き、単位取得満期中退。その後運よく学振PDを取れたためにスタンフォード大学スラヴ科でVisiting scholarとして1年半過ごす。帰国して学振終了後は島根県立大学で英語の嘱託助手として勤務。その後、東大研究員、関東学院大学非常勤講師などを経て現職。
 趣味は映画を見ること。最近ではソニア・リキエルやマーク・ジェイコブス、ヴィダル・サスーンなどファッション関連や会田誠や草間彌生、森山大道やヴィヴィアン・マイヤーとかの芸術家で変人のドキュメンタリーを見るのが好きです。ロシアの監督ではアンドレイ・ズビャギンツェフが好きです。毀誉褒貶あれども若手最高の監督だと思います。『女狙撃兵マリュートカ』、『一年の九日』や『人生案内』などソ連映画のダサさが好きです。アニメもマンガも大好きです。京アニも大好きです。『小林さんちのメイドラゴン』はアニメ化以前から好きです。クール教はプラカードでしか会話しない女の子の話『ふるまぷら』も最近では面白かったです。マンガは水あさとと志村貴子が特に好きです。『ポプテピピック』『リスボックリ』の大川ぶくぶが最近では特に好きです。音楽も好きですが、自宅のストラトキャスターはあんまり弾いてません。Macに付属のLogic ProとCubaseにsonicwireの音源を加えてボカロ的なものを深夜に作るのが趣味といえば趣味です。

研究内容

 専門はロシア亡命文学。博士論文までのテーマは学部時代からずっとアンドレイ・シニャフスキーというソ連の反体制作家。国内外で作家の知人に会い、インタビューを取り、アーカイヴ資料を見ながら二つの異なる博士論文をモスクワ大学と東京大学に提出、学位を得る。主にアンドレイ・シニャフスキーは1970年代の「第三の波」と言われる時代の亡命作家である共とに1990年代はソルボンヌ大学教授としてソルジェニーツィンに並ぶ存在感を持つ知識人であった。1990年代以降「ロシア亡命文学」も大きく変わり、国境を行ったり来たりする作家も増えた。 最近ではロシア語話者が英語やドイツ語で書くtransnational/translingual literatureと言われるような文学先品も増えてきている。
 最近の関心は、このtransnational/translingual literatureと映画など他メディアの展開の研究。国外で発表し続けているのは、アーカイヴ資料を基にした20世紀ロシア文学史の再考であり、ブルームズベリー・グループと深い関わりを持ったドミトリー・ミルスキー、ジョージ・オーウェルに『1984』のアイディアを与えたグレープ・ストルーヴェ、パウル・ツェラーンやジャン・スタロヴァンスキ、イニャツィオ・シローネの友人でありフィレンツェで学位を取ったマルク・スローニムなどの文学研究者/文学史執筆者について調べている。いずれも関心はロシア文学の「外」の展開、ヨーロッパ文学との接点であり、文学そのものも映画やマンガなどの他のメディアとの対照において関心がある。ロシア語教師としてはロシアに対する学生の関心がどこから来ているのかに大きな関心がある。
 

主要業績
論文・研究ノート
  • 「B・エロフェーエフ『酔いどれ列車、モスクワ発―ペトゥシキ行』」(水野忠夫編『ロシア文学:名作と主人公』自由国民社、2009、作品解説)
  • 「亡命ロシア文学研究者 グレープ・ストルーヴェ研究」(『境界研究』第1号、2010、研究ノート)
  • "On the History of the Novel We, 1937-1952: Zamiatin's We and the Chekhov Publishing House." Canadian-American Slavic Studies 45, 2011
  • «История издания романа «Мы» на русском языке» // Новый Журнал. №277. 2014.C.319-325.
  • «Из переписки Глеба Струве» // Новый Журнал. №282. 2016.С.313-317.
翻訳
  • アンドレイ・シニャフスキー『ソヴィエト文明の基礎』(みすず書房、2013、共訳)