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小野 文生(オノ フミオ)

小野 文生(オノ フミオ)

教員紹介写真(小野文生) (138762)
英語表記 Fumio ONO
職名 教授
研究者情報 研究者データベース

学生へのメッセージ

 何を学びたいのか。何を求めているのか。大学という場に身を置こうとするひとであれば、一度ならずこうした問いを抱くことでしょう。これらの問いの奥底には、当然ながら、何のために学ぶのかというさらに大きな問いが横たわっています。とはいえ、「そもそも何のために?」という問いに答えることは、表面的な答えで満足するなら別ですが、なかなか容易なことではありません。「そもそも何のために?」という問いは、自分を含め、社会や世界の存在の根拠を深く掘りさげてゆく行為でもあるからです。
 「どのようにして、ひとはものを考え始めるのでしょうか?」かつてこのように問われたとき、フランスで活躍したユダヤ人哲学者E・レヴィナスは次のように答えています。「おそらく、ことばでは形容することさえできないようなこころの深い傷や、ことばでは如何ともしがたいような手探りから始まるのでしょう。たとえば、誰かや何かと別離したとき、暴力的な場面に出会ったとき、単調すぎる時間に突然気づいてしまったときなどです。こうして最初に受けたショックが疑問や問題となり、ものを考えるきっかけを与えるのは、しかし書物を読むことによってです。〔……〕といっても読書を通してことばを学ぶからではありません。読書によって、ひとは《存在していない真の生》を生きることになるからです。〔……〕書物はわたしたち人間の存在様式のひとつであるはずなのに、それはたんなる情報源、学習の「道具」、マニュアルとみなされてしまっています。」
 大学という場所は、たんなる情報源、学習の道具、マニュアルを得ることに飽き足りないひと、「そもそも何のために?」という問いを真剣に考えてみたいと願うひとが集まる場所ではないでしょうか。学ぶことの意味、《真の生》の意味の探求は、とはいえ、その先にどのような〈希望〉を生み出すというのでしょうか。たしかに、いま、この時代に、大上段から希望を語ることは難しいのかもしれません。希望ということばが一時の慰みにもならないほどの絶望的なできごとが世界のいたるところで日々生じている一方で、シニシズムやニヒリズムとさえ呼べないような、あまりに軽薄な希望の言説の数々があふれています。しかし、それにもかかわらず、否、そういうときだからこそ、臆面もなく〈希望〉を語ろうとしたひとびとの声を聴き、その思想や生き方に学ぼうとすることが求められているようにおもわれます。そんな「声」のひとつとおもわれる、多分に逆説が含まれた一節をここで紹介し、学びへの誘いのメッセージとします。
 「わたしは〈教え〉をもっていない。ただ、そうした諸現実を指し示す役目を負っているだけである。この種の指し示しとはいささか異なった何らかの教えをわたしに期待する者は、つねに失望を味わうことになるだろう。確固たる教えを有することは、そもそもわたしたちのこの世界時代にあって重要なことではない。むしろ重要なのは、永遠なる現実を認識し、その永遠なる現実の力から実現化してくるひとつの現実をしっかりともちこたえることである。たしかに、この荒涼たる夜において道は何ひとつ示されえない。だが大切なのは、ひとがこころ構えをして耐えしのぶのを助けることである。いつか夜が明けそめて、誰もおもいもよらなかったところに道が開けているのが見えてくるまで。」(M・ブーバー)

プロフィール(経歴、趣味、等)

名古屋大学教育学部卒業、京都大学大学院人間・環境学研究科修士課程修了および博士後期課程学修認定退学。京都大学博士(教育学)。大学院の途中で京都を離れ、ベルリン・フンボルト大学の大学院に留学。旧東独時代の名残をとどめつつも新生の息吹を感じさせ、多様な文化や歴史が行き交う「辺境のコスモポリス」ベルリンでそのとき想い、考えたことは、いまでもわたしの基礎的経験の一部として生きているようにおもいます。京都大学教員を経て、2013年4月より同志社大学教員。

研究内容

 哲学(ドイツ近代/日本近代/東洋思想)、宗教学(ユダヤ思想/仏教)、教育学(教育哲学/教育人間学/教育思想史)に関心を寄せています。モデルネ(近代性)、西欧形而上学(全体性)、システム(体系/制度)の成立機制を、その成立の過程で「影」や「他なるもの」や「余剰」として排除されたり包摂されたりするもの、あるいはそういったものとしてさえ承認されることのない「残りのもの」の存在に着目しながら、あらためて問い直す作業を続けています。おのずと、境界、あいだ、はざま、敷居、閾、超越といった形象とともに立ち現れるできごとや存在に魅かれます。また、人間の生の「弱さ」「もろさ」「ままならなさ」について深く思索をつづけています。近年の研究関心のキーワードは、「非在」と「ホモ・パティエンス(受苦するひと)」。

主要業績

  • 共著: A Companion to Martin Buber (Chicago/London: The University of Chicago Press, 2025) 
  • 共著:„Bilder der Atombombe“ Zur Tradierung von Erinnerungen an den Atombombenabwurf von Hiroshima (Berlin: J. B. Metzler Verlag, 2024)  
  • 単著:『〈非在〉のエティカ――ただ生きることの歓待の哲学』(東京大学出版会、2022年)
  • 共編著:『教育学のパトス論的転回』(東京大学出版会、2021年)
  • 共著: Martin Buber. His Intellectual and Scholarly Legacy (Leiden/Boston: Brill Academic Publishers, 2018)
  • 共著: Bildung in fremden Sprachen? Pädagogische Perspektiven auf globalisierte Mehrsprachigkeit (Bielefeld: transcript Verlag, 2018)
  • 共著:『災害と厄災の記憶を伝える――教育学は何ができるのか』(勁草書房、2017年)
  • 共著:50 Jahre Martin Buber Bibel (Berlin/München/Münster: LIT-Verlag, 2014)
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